レポート4:「トラウマの視点→生活する・生きることへの支援」を公開しました。
トラウマの視点→生活する・生きることへの支援
トラウマは、死ぬような恐怖と無力感、個人の力ではどうにも対応できないような圧倒的な出来事に出くわした時に引き起こされる心の傷です。その後も過度な無力感と恐怖感、屈辱感などが続き、自己や世界に対する見方(価値観)まで揺るがされ、心身ともに不安定になります。
こういったトラウマ後ストレス障害(PTSD)に対しては、周囲の人からの温かい支援や見守りが必要です。トラウマへの理解を深めるため、トラウマ反応のよくある表れ方、支援についてご紹介します。
いくの学園の利用者への理解と支援のためにトラウマの視点が一つのカギとなります。暴力のある生活から離れて、暴力のない生活をより安全に健康に送るために、必要な支援は避難できる場所(シェルター)の提供だけでは十分ではありません。新しい生活の拠点をかまえることができても、様々な心身の不調、対人関係における困難が続きます。その当事者を「変な人」「困った人」と片付けてしまわないためにも、トラウマへの理解、必要に応じた支援へ視点をあてることこそが必要なのです。
●トラウマ反応
再体験(フラッシュバック):
何かをきっかけにトラウマとなった現場が蘇って、その場にいるかのように同じ風景を見て、同じ気持ちを味わい、身体が反応する場合もあります。実際に身を置いた「現在」が逆にわからなくなります。夢の中で蘇ることもあります。
解離:
逃げることもできない耐えられない状況を生き抜くために、意識だけが身体から出ていくことがあります。また、抱えきれないトラウマ記憶だけを切り離して、意識には上ってこなくなる場合もあります。トラウマの現場から離れているのに、フラッシュバックのように、何かのきっかけで繰り返し解離を起こし、意識が身から離れることもあります。解離中の本人の目は「中に誰もいない」ように見えます。
人によっては意識や記憶を切り離すだけではなく、人格自体が分かれます。解離性同一性障害(DID)という状態は以前は「多重人格」と言われていました。
気分や感情調整の障害:
他の人には小さく見えるきっかけでも、長く続く大きな感情を引き起こします。例えば、怒り、恐怖、不安、絶望感、自責、死にたい、自分は無価値だ、などの気持ちです。それ
だけ強い感情を長く持ち続けることにも消耗します。気分が上がったり下がったりして、なかなか自分ではコントロールできません。人に当たったり、落ち込んだりしやすくなります。
自己破壊的・衝動的行動:
「今度こそ打ち勝とう」とするかのように、自分が追い詰まるような危険な場面や性関係などに自ら飛び込んでしまうことがあります。自分の心身や生活に悪影響を与える依存症にはまることもあります。アルコールや薬物、借金やギャンブル、自傷行為、摂食障害などがあります。その瞬間は生きている実感がする人もいます。あるいは、その間は麻痺するので、トラウマの痛みを感じずに済むこともあります。
身体化:
食欲や睡眠の不調。ケガが治ってもその場所がずっと痛む。頭痛、腹痛。突発性難聴、目が見えにくくなる。アトピー、喘息、呼吸困難。過呼吸や動悸などのパニック発作。ホルモンや甲状腺の不調。大きな病院で検査しても、結果が「原因不明」や「異常なし」と出ることが多いです。心の苦しさは身体の痛み、不調、苦しさとしてよく表れます。辛いのは本人の思い込みだけではありません。
このように、暴力は人の心身に対してこれだけ重篤な影響を及ぼします。
●トラウマへの支援
トラウマ的な出来事が各個人においてPTSDなどの障害をどの程度引き起こすかは、周りからの支えの有無が一番大きいと言われています。同じような出来事でもトラウマにならない人もいます。本人も周りの人たちもトラウマの影響を理解し、その状況に合った関わりができれば、心へのさらなるダメージを防ぎ、生活の安定を手伝うことができます。
トラウマ反応の多くは、日常の些細なことがきっかけとなります。何かの匂いや音、言葉、目つき、感情、身体感覚などが引き金となります。トラウマ反応は、唐突なために「あの人おかしくなった!」と思われがちですが、暴力などの異常事態に対するいたって当たり前の反応です。トラウマを持つ人は、こうしたトラウマ反応によって、再体験を繰り返し、無力感や恐怖感をつのらせます。でもその状況も周りにはなかなか理解されません。その「伝わらなさ」は孤立感にもつながります。他人への恐怖感や、死ぬほどの絶望感がうまれてしまう場合もあります。
いくの学園では、このようなトラウマの視点を大切にした多様なサポートの充実化に取り組み、今後も必要に応じていきたいと考えています。
・安全確保:シェルターによる物理的な安全と少しずつ育てる心の安全感
・心理教育:トラウマの理解、安心感を育てる
・自己表現:話を聴く、言葉にする、言葉以外でも絵やコラージュ、書等
・身体的感覚へのアプローチ:アロマ、呼吸法
必要な支援は学園の中だけではとても足りません。専門的な治療も必要ですが、当事者が地域で生活を始めた後に日常的に関わる人の理解とサポートが大切なのです。地域や職場等、案外、読者の皆さまの身近にも当事者の方はいます。多くの人がトラウマについての知識を持ち、しんどい状態の人に対して温かく見守ることが、大きな助けになるのです。
このように、トラウマの視点への理解を深めることは、やさしい社会作りにつながるのではないでしょうか。現状は、暴力を受けてトラウマを持つサバイバー(被害者側)が責められる風潮が依然として根強く、「逃げない本人が悪い」と非難されます。しかしながら、トラウマ自体が暴力から離れにくい理由の一つとして作用することがあります。
トラウマへの正しい理解を深めることは、より一層の支援を促すだけでなく、サバイバーを責める価値観を減らすことが望めます。そして、トラウマを作ってしまう暴力そのもの、暴力をふるう人に社会として立ち向かう原動力にもつながります。
参考:
いくの学園利用者の体験談、NPO法人レジリエンスの中島幸子さんとのお話し会、いくの学園の理事でもある精神科医の荒川幸博さんとの勉強会
※この記事は会報誌「すたあと」72 号より一部加筆訂正を加えました。
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