レポート5:「次の10年へ~夢を語る10周年記念誌「みんなのいえ」(2008年5月発行)より」を公開しました。

次の10年へ~夢を語る10周年記念誌「みんなのいえ」(2008年5月発行)より

10年という節目を迎えて、感慨深く振り返るとともに、私たちの気持ちはすでに次の10年に向かっています。
2007年には、ふたつの大きな取り組みを始めました。ひとつは、三菱財団の助成による「DV被害当事者の自立支援に関するニーズ調査」です。もうひとつは、退所者の直接の相談を受けて、2007年8月にスタートした「かんがるーぷろぐらむ」です。

●退所者に思いや現状を語ってもらって

ニーズ調査は、その一環としていくの学園の退所者21人の協力を得て、グループインタビューを実施しました。退所後、どのような生活を送ってきたか、どのような思いや課題に直面したかを聞かせていただきました。緊急一時保護は制度として社会的にも整いつつあります。しかしその一方で、DV被害当事者の生活再建に関する支援は非常に乏しく、また、精神的回復についての制度的な支援は皆無の状態です。

私たちのインタビューでも、その状況が明らかになりました。いくの学園を退所して数年(なかには10年近く経っている場合も)、「生活もずいぶん落ち着いてきたみたいや」と、こちらが思っている方でも、まだまだ精神的な後遺症を抱えていることが多いと、改めてわかりました。あるいは、DVの環境下を逃れ、マイナスからのスタートを余儀なくされ(離婚・親権などの調停・裁判で法律扶助制度を使っても弁護士費用の30万円程度が借金となる)、数年経った今もなお、不安定な生活状況に置かれたままの方もいました。子どもへの影響や自身の健康への被害を話される方もたくさんいました。

退所者から語られる現実は、当事者の力強さを知らせてくれるともに、暴力被害の深刻さや地域コミュニティにおける支援のなさを明らかにしています。DV被害当事者にとっては、いくの学園に来て一時保護され、DVの環境から逃れて終わり、ではありません。
「いくの学園がスタート」なのです。

いくの学園にドロップイン作業所を

退所者からこんな言葉ももらいました。

「早く仕事を見つけなきゃと思いながら、でも人が恐くて働けない」
「働く練習をする場がほしい」

DV被害当事者が精神的な後遺症を強く抱えている場合、仮に生活保護を受け何とか生活はできていたとしても、地域でケアもなく、ほったらかしにされている現状があります。

DV被害の影響について充分配慮された就労支援は、まずありません。

いくの学園では最近、「作業所つくろうか!」というアイデアがふくらんでいます。以前から、さおり織りや和紙づくりなど手づくりをしてきましたが、みんなでワイワイ言いながら、手を動かす、体を動かす、仲間から元気をもらって毎日を過ごす。しんどい気持ちもみんなに話せば心が軽くなる。そんな経験をていねいに重ねることが必要です。

「手作り作品を作って売ろう!」
「カフェもいいよね」
「寄付で古本を募集して販売したら?」
「じゃあ、古本屋カフェとかどう?」
「古着もたくさん届き過ぎて遠慮してたけど、もっと送ってもらって売ったらいいよ!」
「そんな場所があれば、就労支援にもなるし、退所者がいつでもふらっと遊びに来て仲間やサポーターに会えるね」
「日常的な、本当の意味でのドロップイン(ふらっと立ち寄り)を作ろう!」

サポート活動の合間に、そんな夢を話し合っています。2005年から約1年間実施した助成事業「シェルター退所者が地域で生活するための支援事業」で思い描いていた、ドロップンイン・シェルターが、より具体的なイメージを持ち始めています。これも、当事者の声─「必要」から生まれてきたのです。

●DV被害当事者としての子どもへの取り組み

いくの学園には、こんな来客もあります。ふらりと中学生くらいの子が事務所を訪れ、最初は誰かわかりませんでした。しかし、顔をよく見ると、数週間前に数日だけいくの学園を利用して、元の家に戻った親子の子どもさんでした。家は事務所から遠く運賃も時間もかかるのですが、「ここにおったとき、なんかよかったから、また来ようと思って」と、ひとりで遊びに来てくれたのです。その親子は兄弟が多く、来客の子は兄弟のなかでもあまり多くは話さなかったのですが、居心地のよさを感じてくれたのでしょうか。数時間の滞在でしたが、いろんな話をして、いくの学園が秘密の場所であることをもう一度確認して、送り出しました。子どももまた、思いに寄り添ってもらえる場所を必要としているのだ、と感じました。

いくの学園では、2007年8月から毎月1回のペースで、DV被害を体験した母子のための心理プログラム「かんがるーぷろぐらむ」を実施しています。大人と子どもは別グループ、それぞれの時間を楽しみます。お母さんだけの参加も、子どもだけの参加もOKです。「シェルター退所者が地域で生活するための支援事業」で取り組んだ母子プログラムが基盤になっており、退所者の相談をきっかけに再開、現在は月1回の定例化となっています。退所者ニーズ調査や日常の相談のなかでも、お母さんたちのいろんな気持ちを聞くことができます。

「子どもに父親のことをどう伝えたらいいか、わからない」
「子どもから父親に会いたいと言われた」
「子どもの父親への嫌悪感が強すぎて心配」
「離婚したことで、子どもが孤独感を強く持っているが、自分にはどうしようもないので、子どもの話しを聞くのがつらい」
「子どもから父親を奪ってしまったという気持ちが強くてしんどい」
「自分はいくの学園に相談できるけど、子どもはDVで今の状況になっていることを相談できる所がないので心配」
「子どもが自分の気持ちを出せて、受けとめてもらえる場をつくってほしい」

●子どもの気持ち

入所中は子どもといちばん身近に接することのできる機会です。接するなかで、子どものいろんな思いが見えてきます。楽しく遊んでいるかと思えば、ぽつりと家に置いて来たおもちゃの話や、学校や保育所の友だちの話をする子もいます。「あのな~、塾行っててんけど、もう行かれへんねん」と言う子。「お父さんの方のおじいちゃん、おばあちゃんにはもう会えないねん」と言う子。友だちとの約束の話。突然、「お父さんこわい」とつぶやく子もいました。子どもの表現はとてもシンプルですが、その喪失感は自分で選択していない場合が多いだけに、大人以上に大きいものです。

入所者の多くは、加害者からの追跡を恐れ、住み慣れた土地を離れて暮らさなければなりません。地域、家、人間関係、仕事、それらから切り離される痛みは、子どもも同じです。

子どもの痛みや喪失感が回復していくには、安全な場所で生活できること、安心感を持てること、そして何より気持ちを出せ受けとめてもらえる体験を積み重ねることです。入所中はふっと元気がなくなったり不安な顔を見せていた子どもが、生活が安定し、退所者支援事業のなかで自分の話をいっぱいしてくれて、どんどん元気になっていく姿は、それを物語っているように思います。

●退所者支援を地域のモデルに

「かんがるーぷろぐらむ」の対象者は、いくの学園の入退所者を中心としていますが、法律相談だけ受けた人や、退所者から紹介された地域の人なども増えてきています。また、子どもの対象は小学生までくらいですが、今後は中高校生への対応も考えていかなければなりません。ドロップインや「かんがるーぷろぐらむ」の取り組みが、DV被害を経験した人のための支援を地域が取り組む、そんな社会を作るためのモデルになれば、と願っています。DV被害当事者の安全を確保しながら、より多くの人が利用しやすい状況を作ることが課題です。

●訪問事業も必要

ドロップインによる居場所づくり、作業所での就労訓練と同時に、訪問事業の必要性も考えています。入所者のなかには何とか新しい住居を決めてシェルターを出た途端、バタンと倒れるように、うつ病になってしまう方も少なくありません。これまでのがまんや緊張感が、どれほど厳しいものだったかを物語っています。そのような場合は、人がたくさんいるところに出かけるのは難しく、訪問によるケアが必要です。いくの学園では、生活保護申請に同行するなど、退所者に対する同伴サポートはすでに実施しています。しかし、出前カウンセリングや保育・家事援助などのヘルパー派遣、地域で安心して生活ができるサポートも必要と考えています。

退所者支援に取り組むことは、緊急一時保護事業にも役立つことです。サポートの幅が広がり、豊かになります。当事者の選択肢が増えることは重要です。

●幅広い当事者からの相談

また、外国籍住民、障がい者、高齢者、LGBTI(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー、インターセックス)といった社会的に弱い立場に置かれている人たちの相談が増えています。特にLGBTIは、社会的に黙殺された存在ですが、いくの学園での相談も増えつつあります。DV防止法ができ、環境が整備されていくなかで、これまで利用しづらかった人たちもたくさん相談をするようになっています。相談機関が要求されることは、ますます増えています。

いくの学園のホットラインカードには、次のような言葉を載せています。「DVは全てのコミュニティの問題です。障がいと共に生きている人も、そうでない人も。LGBTIも、どんな性別の人も、どこの国籍を持つ人も…。DVを生き抜いてきた仲間がたくさんいます。ひとりで悩まないでください」

電話の向こうの、あるいは、目の前にいる人の、声─何を必要としているか─を聞きながら、サポートをより豊かにすることができればと思います。


※この記事は10周年記念誌「みんなのいえ」より一部抜粋いたしました。
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