「大阪府女性保護支援に係る調査」とその提言を考える

―調査・提言の特徴分析と全国女性シェルターネット・シンポジウムでの検討―

山中京子(大阪府立大学名誉教授)

居所を失った女性のセーフティネットと認識される婦人相談所の一時保護や婦人保護施設の入所施設への入所数は現在全国また大阪府においても減少傾向にある。

2017 年大阪府ではこの状況を重大視し、「保護を必要とする女性に適切な支援が提供されているのか」という課題認識の下、女性への支援の現状を把握するとともにセーフティネットの再構築検討するため「大阪府女性保護支援に係る調査」を実施した。この調査は、市区町村窓口へのアンケートおよびヒアリング調査、女性を保護する施設へのアンケートおよびヒアリング調査、女性相談センターへのヒアリング調査など複数の調査から構成された。(筆者は大阪府立大学の研究グループとしてこの調査を大阪府福祉部子ども室家庭支援課と共同で実施した。)

この調査の特徴をここで特記しておきたい。この調査はいままで国などでも行われてきた同種の実態把握調査と異なる特徴をもっている。1つ目は、この調査が従来から女性を対象とする法律である売春防止法によって規定された施設(婦人保護施設など)だけでなく、それ以外のさまざまな法律(生活保護法など)によって実際に女性を対象とした支援や保護をおこなっている施設もその対象とした点である。続いて2つ目は、公的施設のみならず一時保護などの委託を受けている民間施設も対象とした点である。国の従来の調査では公的施設を対象としたものが多く、民間施設の活動実態や意見を充分に掬うことができていなかったと言える。また、3つ目は、前述した施設だけでなく、女性からの直接的な相談窓口を持つ市町村の担当者を調査対象とした点である。

それも女性の相談窓口だけでなく、それに加え生活保護窓口と母子保護窓口も調査の対象となった。換言すれば、この調査は女性を法律によって分断せず、法律や制度を越えて女性への支援と保護という観点からデータを集めた点、施設だけからの単眼的な視点でなく、それに加えて市町村からの視点を加え複眼的にこの問題の把握を行おうとした点、公的施設の実態や意見に加え、民間施設の実態や意見も捉えようとした点に特徴があるといえる。ただ、この調査の限界として、女性が利用可能な施設として高齢者施設や障がい者施設もあるが今回は調査対象となっていない点、また当事者の声を直接聞く調査が行われなかった点を指摘しておこう。

この複数調査の結果から、(1)相談体制および一時保護へのつなぎ、(2)一時保護中・施設入所中の支援、(3)一時保護および施設退所後の支援、地域における支援の3つのステージ別に統合的分析と現状の課題が導き出された。そして、その分析と課題を踏まえ、保護を必要とする女性への今後の支援の在り方についての提言がまとめられた。提言全体は上述した調査構成を反映し(1)市町村、(2)女性相談センター(一時保護の決定など)、(3)施設(一時保護の実施および入所)、(4)婦人保護事業全体の4つのファクターに関する提言から成り立っている。以下筆者がこの提言の重要な特徴と考える点に焦点を絞って指摘したい。

市町村のファクターとして、まず大きな特徴は婦人相談員の全市区への配置が明確に提言されている点である。また婦人相談員の物理的な配置や現状の相談活動(女性窓口、生活保護窓口、母子保護窓口などでの)の継続的実施だけでなく、女性が抱える多様なニーズや複雑な課題に対応するための相談力量(困難課題への対応力はもちろん庁内外の複数部署との有効な連携を実現するコーディネート力など)の質を高めるため目的別の研修の実施やスーパービジョンシステムの構築も具体的に提言されている。

次いで、女性相談センター(一時保護の決定など)のファクターでは、「緊急性」「危険性」を基本とする従来の一時保護枠組みを見直し、「「今日」のリスク回避」や「安全な環境で考える時間をもつクールダウン」のための保護枠組みの拡大を実現する条件の整理が提言されている。また一時保護中の携帯電話や外出のルールが当事者の一時保護利用を躊躇させることが調査結果から分析されており、ルールそのものや当事者への説明方法を再検討する事が明記されている。さらに一時保護を巡って入所時、入所中、退所時の女性相談センターと市町村の有効なコミュニケーションの必要性が調査結果から指摘されており、それを踏まえて、連携・協働の具体的システムの検討が提言されている。

また、施設(一時保護の実施および入所)のファクターでは、入所した女性は精神・知的障がい、暴力被害によるトラウマ、経済的困難など複合課題を抱えている人も多く、それらを適切にアセスメントし、それに基づき支援を行う対応力の向上に取り組むこと、また、調査結果は入所者の子ども同伴の多さを示しており、施設において女性だけでなく母子・子どもへの支援をさらに充実させることが提言されている。さらに特に最も支援を必要とする時期にある妊婦、産褥期の母子、若年女性などを受入れ、社会的養護を補完する役割を果たす取組みの検討が積極的に提言されている。

最後に婦人保護事業全体のファクターとして、女性の相談、保護、入所、退所、地域へのつなぎにおける市町村の関わりが途切れない仕組み作りと女性相談センター・女性自立支援センターの専門的機能の強化が指摘され、さらに国への要望として、婦人相談員の全市町村への必置義務化、施設の職員配置基準等の見直し、高齢者、障がい者、児童、生活困窮者などの他法施策との整理などが提言されている。

これらの特徴を踏まえ、筆者がこの提言全体から発信されているメッセージとして捉えた点を以下に述べたい。まず、4つのファクタ ー(市町村、女性相談センター、施設、国・婦人保護事業全体)のどこもが女性のより良い支援の重要な役割を担っており、どこが欠けても全体で質の良い支援に至れないことである。この提言は私たちにすべてのファクターの存在の重要性を再認識させてくれる。また、多忙で困難な実践を営み続ける日々では時に異なったファクターや立場への批判的姿勢に傾きがちになり、自分のファクターや立場の活動への内省的姿勢がやや弱まることも起こるだろう。提言の前提となっている調査結果からの統合的分析は、豊富なデータによって各ファクターの課題を明確に指摘しており、再度実践での内省的姿勢と気づきを活性化させてくれると考える。また、この提言は課題を解決するために多くの具体的方法を明示しており、そのことは私たちにそれぞれのファクターや立場でその提案された内容をさらに詳細に検討し、一歩づつ具体的な形にしていくことを求めている。

2月17日に全国女性シェルターネット・近畿ブロック主催で行われたシンポジウム「今、困難な課題を抱える女性への支援を前進させるために.大阪府の提言を踏まえて.」はまさに提言の内容を実現するためにその先の一歩を議論する有意義な場となった。シンポジストは大阪府女性相談センター職員、大阪府立大学(当時)筆者、NPO法人全国シェルターネット理事 近藤恵子氏(登壇順)である。なお、司会は雪田樹理氏(弁護士、いくの学園理事長)が務めた。

討論では主に4つの論点があった。まず、1点目は市町村の相談体制の整備・婦人相談員の配置についてである。シンポジストから大阪府の提言の婦人相談員の全市区への配置提案は高く評価されたが、必置義務化を盛り込む法改正や婦人相談員の常勤化などの身分保障も実現化する必要性が指摘された。2つ目は、市区町村内の体制の不備、庁内連携システムについてである。体制、連携のシステムについては市区町村間で格差があり、うまく行っているところとうまく行っていないところがあり、格差を埋めるため、今後は好事例の経験の共有が研修等で行われることあるいは共通シートを地域で共有することなども提案された。また、3つ目は一時保護へのつなぎについてである。シンポジストから一時保護利用の減少には当事者に対して市町村から提供される一時保護に関する「ネガティブ情報」の影響とする人々への支援に専門性を持つ施設も多く、今後は今まで以上に公的施設と民間施設の経験の共有が重要であるとの指摘があった。最後の5つ目には、近藤氏より国に対する要望として、現在、厚生労働省および内閣府で進行中の検討会で提案が始まりつつある現行の売春防止法にかわる女性を対象とする総合的な支援法の早期実現が訴えられた。それに対して、筆者から現行法化での運用改善に向けた取組みと法改正に向けた取組みを同時に進行させる必要性を指摘した。

大阪府によって行われた大規模調査とその詳細な分析そして課題の指摘、さらに課題を解決するための具体的方法を多く明示する提言。私たちの目の前にあるこの提言を「絵に描いた餅」に終わらせないために、女性支援に関わる一人一人が公的施設、民間施設を問わず、広域行政や市町村を問わず、この契機を生かし、自分たちにできる事を考える時が今きていると考える。